森の風

「有限会社 在宅支援チーム フォーレスト」のブログです。
訪問看護(含訪問リハビリ)、福祉用具貸与、自助具作成支援通所介護・・・といった当社での活動記録を掲載しております。

※掲載されている写真は、個人情報保護法に基づき許可を得て掲載されています。


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改称と課題 #3
 今回は主観性が強い話題なので切り口をかえて書いてみます。

近代における男女同権の所謂走りは1792年の女性の権利の擁護に始まったと言われています。その思想は20世紀に欧米を中心に拡大しウーマンリブやフェミニズムといった社会運動になり過度な主張がメンズリブやマスキュリズムを生みました。
 日本でも少子化問題などのバックグラウンドもあり1999年男女共同参画社会基本法が制定されました。

また同年「ナースマン」(同タイトルのドラマ原作)の初版発行がされました。この本は男女格差の有無ではなく格差に対しマイノリティーの受容と妥協の葛藤にスポットがあたっていて楽しめた作品だと思います。

 当時は看護士、看護婦と別々の名称でナースマンとは「看護職(ナース)を選択した男性(マン)」という意味の作者の造語であり、複数の看護士に(元)看護婦の作者が取材し「男の視点」と感じたものが紹介されています。

 今回はその中なら「看護士のモテモテ度分類」を紹介しようと思います。

 

 1型「もともとモテたモテモテ君」

 そこのモテモテ君!看護士になりなさい。看護界はまだまだ女の世界だから、噂が広がるのは早い。噂が噂を呼び、君の院内での人気はキムタクやタケノウチを凌ぐものになりましょう。君のモテモテ指数は倍増。それどころかメーター振り切り、全開バリバリ。うらやましいぞ、このヤロー。

 

 2型「普通君」

 とりたててモテるわけでもなく、かといってモテないわけでもない大多数の諸君、看護士になりなさい。看護士になったら、君のモテモテ指数はややアップするでしょう。普通の生活をしている人より圧倒的に女の子と知り合う機会が多いわけですから。

 

 3型「モテない君」

 勇気をもって看護士になりなさい。(女の子ばっかりだから少しはモテるようになるかな)なんて甘っちょろい考えは捨てましょう。はっきり言って悲惨ですよ。これまた噂が噂を呼び、相手にされなかったのが加速度的に相手にされなくなります。もうこうなったら(ダメな人を助けてあげなきゃ)という類まれな優しい看護婦さんの出現を待つしかありません。

 

 人間みな平等です。どんな人にも同じように与えられるものがあります。それは、最高の女の子にめぐりあえるチャンスがあるということです。ゲットできる平等ではありません。

 この分類の取材元がどのような看護士なのかは知りませんが、「看護士の視点」の一つの気もします。

 当時自分をこの分類にあてはめ類まれな看護婦さんを待ち望んだ小生でした(笑)。

 看護士を語るうえでこの分類が最重要かどうかは疑問(愚問?)ですが親近感やジェンダーを考えて行く1つかと思います。

                                M

| 看護士の視点 | 00:17 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
改称と課題 #2
 

 今回は前回質の課題でもふれた准看護師制度について思うことを書こうと思います。

 現在の准看護師は看護業務と同時に法制化されておらず、戦後の看護職の人員不足解消のため法制化に至っています。

 法制化より半世紀以上が過ぎている現在高度かつ複雑化の一途を辿る医療の現場には臨床工学技士、言語聴覚士、介護福祉士等新しい専門職が増えてはいるもののやはり看護職の人員不足は否めないままです。

 准看護師制度の廃止は昭和の時代からあったとも聞いております(昔大先輩から聞いたことで裏が取れてない情報ですが・・・)が、改称の前後で准看護師養成所や進学校の廃止という形で現実化してきており2004年から開始(2006年より国家試験開始)された准看護師通信教育が廃止の動きを助長しております。

 廃止の大きな理由の一つに質の課題が言われております。

 

制度の存続は看護協会(賛成)と医師会(反対)の間で意見が分かれています。

看護業務の法的側面には「療養上の世話」「診療の補助」があり医師会が意見する理由としては後者の裁量にあります。

 今日の求められている医療水準は高くなってきていますが専門職が新設されても医師の充足率に明るい兆しはなく看護に依存せざるをえない状況にあります。対して看護教育に費やされている時間や内容では医療技術の進歩や世論の変化に比して不十分であるとの声から現在施設任せの卒後教育からスーパーローテーションや教育時間の延長も検討されているようです。

 施設毎に異なる卒後教育は現場に見合った内容のことが多く格差に繋がるとの声もありますが、一次医療の現場で三次医療の十分なスキルを教育するのは資源的に合理的とは思えません。

 新卒の准看護師になると養成所での教育時間は更に短く(17歳で資格取得可)需要の多くは一次医療です。理由としては「診療の補助」に対する看護の裁量と人件費にあります。

  

 准看護師を取り巻く環境は日本のみにあらず海外にも存在します。

イングランドでは准看護師から看護師への移行教育と上級看護師の資格化をベースに准看護師制度を廃止しています。当然起きる人員不足は東南アジアからの看護師雇用で補う仕組みです。雇用側からは低賃金でも労働側からは高収入しかし貿易摩擦を生む結果にもなりました。

 

去年第一陣がインドネシアから来日していますがグローバリゼーションには遠い言葉や文化による課題は役人の考えと現状に凄い格差が露呈されたのではないでしょうか?

進む医療の高度化と少子化でマンパワーの不足は工学や薬学の進歩と管理システムの開発が急務ですが皮算用は出来ません。

今後も高度かつ複雑化する医療は更に都市部と僻地の医療格差を拡大させ、グローバル化を求めビジネスライクの大義名分で弱者を淘汰していくと思います。

 

この記事を読んでいる方の中で准看護師は看護師に比べ質が劣るのかと思っている方もいることと思いますが、小生は否定的です。

准看護師制度は格差を内包しているものであるが、進学など努力次第で打開できるは選択性が良いので廃止自体反対です。看護師への道がより開けることで格差は縮小均衡に近づくと考えます。

スタートラインは違っても人は成長できます。失敗を通して正しいことと間違っていることを学ぶのもあります。何より多様化する価値観がある中で「常に正しいもの」はなく「正しい=良い」とも限らないと思います。

人と人とが接する中で性格や人間性も大きな質の一つだと考えます。

 

                           M

| 看護士の視点 | 06:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
改称と課題 #1
 

 以前の記事に反響を頂いたのでもう少し個人的な意見を載せてみたいと思います。

 結論から言うと「看護師」への改称は百歩譲って時期尚早だったのではないかと思っています。(否!改称は遅い!!とお考えの方もいると思いますし、小生はまだ看護士に戻れるものなら戻りたいとも思っています。)

 何故時期尚早と思うかは、解決しておくべき3つの課題(もっとあるだろ?とお考えの方もいると思いますがそこは小生の至らないとこでございます。)があるからです。

 ただ、改称によって問題が解決になるという考えであれば呆れて何も言うことはないのですが…。

 1つ目は多くの方が思っている社会的地位向上について。

 2つ目は共感できる方が時々いる親近感等イメージについて。

 3つ目は共感できたのはほとんど看護士だったのがジェンダーについて。

 (3つとも小生が受けている印象であり小さな井戸の話です。)
 今回は看護師への改称=社会的地位向上(?)について書いてみたいと思います。

 

 改称後はよく「士」と「師」では格が違うから偉くなったんだよと言われましたが、(イメージを含まないという意味で)本来「士」とは博士、弁護士、運転士等一定の技能や資格を持つ者の意味であり、「師」は教師、漫才師、詐欺師等特定の技能を身につけている者を指す言葉です。詐欺師は小生とは比べ物にならない位聡明だと思いますが、偉いとは微塵も思えません。ただその人たちも詐欺師が偉いと思ってないと思いますが…(笑)。しかし、自衛隊では陸士、海士等は下級らしくそのイメージもあるのかと思います。

「看護師」への改称には「看護=特定の技能」の考えがあったのかとも思いますが、免許取得後一定の実務経験後教育を受け「専門看護師」「認定看護師」(初めから「師」であり感染管理や透析等特定分野の専門や認定の資格)への道が平成14年の改称以前からあったにも関わらず玉虫色の法規制そのままに「一定の技能」から「特定の技能」への変化が小生には未だ理解できません。


 身近な事では近年訪問看護ステーションが淘汰され閉鎖が増えてきております。今後訪問看護の認定看護師が増え結果を出すことが質の向上に繋がり、現場に彼等がいると医療機関は専門看護師の有無を広告に示せるようになっているため世間に認識され始めて社会的地位の向上に繋がると思います。

つまり社会的地位の向上は「看護師」にせずとも道の整備の方が資格と学歴の理には(善悪は別として)沿っていると思います。

仮に現状においての社会的地位に何の問題も感じないのであれば地位向上の結果故の改称で正しく、その地位をプラトーとして維持して行くしかありません…。

ただ、改称については社会的地位の視点だけでは語れないので今後#2、#3と続けていきたいと考えております。

医療の高度化、専門化が進む中遠くない未来彼等の存在はますます大きくなることはあきらかであり、もしかすると特定の技能を持たない看護師は近年の准看護師のように淘汰される時代が来るのかと心配している小生であります。

                                                      M

| 看護士の視点 | 08:35 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「看護士」ってレアな資格?
 同じ基準をクリアしているのに男女で別々の資格「看護士」「看護婦」。その名称が「看護師」に変更になったのが平成14年3月。
今の高校生以下の 年代の多くは「看護士って誤字?」とお思いになるかもしれませんね。また、ある年代以上の多くは「看護=女の仕事」思っているようだと経験的に感じてもい ます。恥ずかしながら小生も中学生頃まで看護=看護婦と思っておりました(イデオロギーなのでしょうか?)。
一例としましては超高齢社会の現代において「あの〜っ 男の看護婦さん・・・」と声を掛けられた事も一度や二度ではありませんでした。(笑)。
しかし人生の大先輩から「看護士さん」と呼ばれるとも増えてくるにしたがって嬉しさ2割り増し(当社比)なものでした。
看護師に名称変更になってもうすぐ6年。平成18年末で働いている看護師の中で男性の占める割合は4,7%まで増えてきております。
今回は「看護士」について主観をまぜつつフューチャーしてみます。
先ず「看護士」の免許証が発行されていたのは昭和43年〜平成14年の34年間。看護士籍として看護婦籍とは別に登録されております。その前は大正4年(看護婦規則公布)からの53年間「看護人」って名称でした。
基本的には名称変更後も籍登録が変わることはありません。
また「師」と「士」の違いについてですが、前者には教え諭す、後者にはサムライ(西向く侍)や戦うという意味もあります。
小生は現代においてのサムライとは帯刀や丁髷ではなく哲学を体現し戦う印象を持っています。ありきたりなようですが、イチローがサムライと呼ばれる所以からも外れてはいないだろうと思います。
この考え(偏見?)はどのくらいの人が共感できるのかわかりませんが、小生の周りの男性看護師は「看護師」より「看護士」のままでいたいなと感じている方が多い印象です。
小生はまだまだ「サムライ」には程遠いのですが、2人のサムライとたくさんの同志に恵まれてきました。彼らとの出会いがなければ看護の仕事は続けていなかったと思います。
しかし初めから「看護師」だったらこのようなこと考えもしなかったかもしれません。
あえて「看護婦」名乗る方々も何か特別な思いを込めているのかも知れません。
ただ本当に希少性が高いのは昭和22年〜26年の間だけ存在した「甲看護婦」「乙看護婦」(後の正看護師、准看護師に変更)かもしれません。
                                                            M
| 看護士の視点 | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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